2013年12月09日

秘密保護法:霜を履みて堅氷至る

「霜を履みて堅氷至る」
これは、霜が降りたら厚く氷が張る厳しい冬を予想しすぐに事を準備すべきだ、物事は小さなうちに手を打たなければ後で大変だという意味で、元々は易経の言葉。

さて、衆参ねじれが解消した途端、国会運営が異常化し秘密保護法まで登場したのが堅氷とすると、霜が最初に降りたのはいつになるか?参院選での安倍自民勝利による衆参ねじれ解消か、衆院選での民主党の壊滅的敗北か、菅元首相の消費増税による10年参院選自爆敗退か、と遡って考えていくと、やはりまずは鳩山政権崩壊に辿り着く。

あのとき鳩山元首相は、普天間移設の頓挫と「政治とカネ」の二つを理由にあげて辞任した。しかし、今では海兵隊が実は移動できたことが沖縄メディアによって暴露されており、普天間移設が頓挫したのは、外務省・防衛省のサボタージュと嘘が原因であったことが明らかになっている。

では「政治とカネ」は一体何だったのか。これは、政権交代目前の民主党小沢党首を標的とした検察によるクーデターというべき陸山会事件に始まる。マスコミ・議員らが、これ幸いと小沢氏を攻撃、貴重な政権交代が「政治とカネ」の大合唱で混乱に陥れられた。しかし一連の「疑惑」も検察幹部による捏造だったことが暴露された。

つまり、秘密保護法という「冬」の季節に至った最初の兆候は、検察が議会制民主主義に対して不当・不法に介入した陸山会事件であり、鳩山政権の表面下で進行していた防衛省・外務省の反鳩山政権を意識した政治行動であり、こういう民主主義への脅威を放っておいたからこそ、「冬」が到来した。

そして秘密保護法が、陸山会事件・鳩山政権崩壊に活躍した、検察・外務・防衛省の官僚らの秘密を保護するものであり、民主的手続きによる彼らの悪事を暴露させないようにするというところは、まさに09年政権交代に始まる民主化に対する反動の動きが一里塚に至ったとみるべきだろう。
posted by 小野昌弘 at 05:11 | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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