2011年07月03日

フクシマにおいては、倫理が科学に優先すべきである

震災に引き続きおこった今回の東電福島第一原発の事故直後から、医学会・医学研究における国際世論においては、フクシマは放射線による影響を調べるための重要な機会であるとする意見が優勢であり続けているようです。このような世論が形成された理由は幾つかあるでしょうが、Nature, Lancet Oncologyといった有名な科学・医学雑誌において、福島住民に対する放射線被曝に関する健康調査を徹底的におこなうべきであるとする放射線専門家の意見がたびたび紹介されてきた影響も大きいと思います

私自身は、健康調査を行うこと自体は間違っているとは思いません。しかし、その調査はあくまで第一に調査されている、福島に住む住民のためであるべきだと強く感じます。医療が本来その基盤においているヒューマニズムの精神を忘れてしまうと、こうした調査はあやまった人体実験の一部に陥る可能性があることは、何度も歴史が我々に教えて来てくれたことです。

ですからこの問題は放射線という狭い学問の領域の問題ではないのです。医学や研究における倫理という大きな枠組みに関連した問題であり、さらには社会・政治に大きく関わった複合的問題です。

これらの状況をみて、私自身は、放射線の専門家ではありませんが、医師であり、また医学研究の広域にわたって複合的研究をおこなってきた専門家として、この問題に別の立場からの意見を述べる必要性を感じました。その意見文(レター)が、今週号(2011年7月2日発行)のBMJというイギリスの医学誌に掲載されましたので、これを翻訳して紹介します。

「フクシマにおいては、倫理が科学に優先すべきである」
Ethics should trump science in Fukushima(注)

小野昌弘

福島において全ての被曝者に対して被曝量を測定すべきだという提案がなされてきたが[1,2]、これに応じて日本の国立がん研究センターは、被曝した集団に対するコホート研究を行い、低線量被曝に関するリスクを調査することを予定している。また同センターは、福島住民に線量計を渡して累積被曝量を測定しようとしている[3]。さらに、放射線影響研究所は15万人を30年以上にわたって追跡調査する予定をたてている。

現在、避難区域が設定されてはいるものの、Ce-134/137による線量が600GBq/km2を超えるという、チェルノブイリでの「永続的管理地域」に相当するレベルの汚染があるホットスポットは、避難区域外においても珍しくはない[4]。憂慮すべきことに、公衆の許容線量が1mSv/年から20mSv/年にひきあげられたので、人々は影響をうけている地域で暮らせることになる。原発労働者の許容線量も100mSv/年から250mSv/年に最近引き上げられた。

フクシマのように危機がまだ進行中のところにおいては、科学的調査をおこなう機会というものは、医学のヒューマニズムの精神である「命を救い健康を守ること」に対して一歩譲るべきである。しかしながら、日本政府は影響をうけうる住民に対する具体的な医学的・社会福祉的な計画を明示していない。政府による適切なサポートがかけていることと、コホート研究に対する意欲的な計画の2つは、ひどく不釣り合いな様相を呈している。一方で、原発危機についての政府のアドバイザーのひとりが、政府による人々を守る意思に疑念を表明して辞任しているのである[5]。

文献
1. Delamothe T. Fukushima: lightening the darkness for next time. BMJ2011;342:d1987.
2. Moysich KB, McCarthy P, Hall P. 25 years after Chernobyl: lessons for Japan? Lancet Oncol2011;12:416-8.
3. The NCC proposes radiation-dose estimates and medical follow-up in Fukushima (in Japanese). www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E3E6E2E1E28DE3E6E2E6E0E2E3E39191E3E2E2E2;at=ALL.
4. Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT). Results of airborne monitoring by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology and the US Department of Energy. 2011. www.mext.go.jp/component/english/__icsFiles/afieldfile/2011/05/10/1304797_0506.pdf.
5. Lack of Japanese government transparency on radiation leads to resignation [editorial]. Seattle Times2011. http://seattletimes.nwsource.com/html/northwestvoices/2014946815_lackofjapanesegovernmenttransparencyonradiationleadstoresignatio.html.

注)BMJの版権の問題があるので、無断での転載は控えるようお願いします。
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2011年04月03日

今いかにしてチェルノブイリに学ぶことができるのかーガーディアン論説記事紹介

英ガーディアンJohn Vidal氏による論説記事を紹介します。原子力問題をめぐる論議がなぜ難しいのかが簡潔にまとめられています。錯覚しがちな部分ですが、原子力を前にしては、WHOやIAEAといった国連機関も中立の無色の立場ではなく、この問題には政治的力が大きく作用するようになっています。それゆえ、表の言説に現れて来ている事柄が現地で実際に起こっている事と乖離しており、チェルノブイリが今もなお被害を拡大する惨劇であるということが十分には知られていません。そして、この問題において温暖化ガス排出制限を唱える環境主義者がどのような役割をはたしているかも明確に描かれています。

本来、こうした未曾有の事態においては、少しでも先例があれば参照し、回避可能な惨劇は可能な限り回避するということが、基本的な態度であるべきだということに異論を唱える人はいないでしょう。訳者は強くそう思います。そして、チェルノブイリはここで参照すべき最も重要な事件でありながら、チェルノブイリで何が起こったかということが国際世論の表からは隠されている、という事実がここで語られています。ウクライナやベラルーシの現地では明瞭なことも、国際世論にたどりつくまでに科学雑誌、国連といった公的な機関を通すうちに、現実が過小な数字によって覆い隠されてしまっていく様子がみえます。

チェルノブイリに学び、福島、ひいては日本全体の被害を可能な限り小さくするために何ができるか。どのように現状をみて、誰の言う事に耳を傾けて行動すべきか。日本には幸いチェルノブイリ現地を訪れ取材、研究、現地への協力を行って来た方たちがいます。問題は難しくても不可能なものではないはずです。
以下ガーディアン4/1の記事からの翻訳です。

原子力の緑のチアリーダーたちは、チェルノブイリが私たちに差し迫っている現実の危険であるということを忘れている(注1)
原文 Nuclear's green cheerleaders forget Chernobyl at our peril

放射線の危険性を軽視している評論家は過去に経験した因果関係を無視している。福島のメルトダウンはさらに悪いかもしれない。

ジョン・ビダル (注2)


日本の原発危機への解決は、毎日後退を繰り返しており、産業界と政府が情報を隠しており、更には、どれだけの期間を制御に要するのか、累積して行く汚染が現実にどのような危険性をもたらすのかについて何も分かっていない、ということだけは確かである。

専門の大家たちは、差し迫った危険はない、と言って私たちを安心させ、一部の原子力に取り付かれた絶対主義的環境主義者たちは、温暖化ガス排出制限が喫緊の課題であるとして、チェルノブイリで死んだ者は少ないという産業界のマントラを唱え続けている(注3)。彼らに反対するものは誹謗中傷され、気候変動否定論者というレッテルを貼るのである。

私はむしろロシア科学アカデミー会員で、ゴルバチョフ大統領のアドバイザーであったアレクセイ・ヤブロコフ(注4)の言葉のほうを好む。「もしあなたが(放射線による)『直ちに害はない』という言葉を聞いたなら、出来る限り遠くに、出来るだけ早く逃げるべきだ。」

5年前、私はウクライナとベラルーシ国境にある、まだ高度に汚染された地域を訪れたことがある。そこには、1986年4月26日にチェルノブイリからの放射性煙が降下した。私は、主席科学者のジョン・ベッディントン(注5)やジョージ・モンビオ(注6)のような環境主義者やそのほか放射線の危険性を軽視している評論家たちに対して、あの大きな原発事故の影響のもとにとりのこされている医師、科学者、母親、子供、そして村民と話してみろといいたい。

それは残酷だった。私たちは、病院から病院へと、汚染された村から村へと渡り歩いた(注7)。私たちは病棟で、奇形で、遺伝的に変異した赤ん坊たちを見つけた。家でみじめな病気を煩っている子供を見つけた。成長障害で小人症の胴体をもつ青年たちをみた。足や指がない胎児を見つけた。そして、村民達は、かれらの家族は全員が病気を抱えていると言った。

これは事故から20年後のことであったが、私たちは、稀な骨癌患者が集団発生しているとも聞いた。ひとりの医師は、涙を流しながら、その同じ地域で、3人に一人の妊娠が奇形であり、免疫・内分泌系の病気をかかえた患者を前に精神的に押しつぶされそうだともいう。他のものは、この最も汚染された地域から遠く離れたところで、母親の母乳からセシウムとストロンチウムがいまだに検出され、食物連鎖中にまだ多量の放射性物質があるという.村々は、「チェルノブイリのネックレス」(甲状腺癌の印、注8)はあまりに普通にみかけるため目立ちさえしない。そして多くの者が早期老化の兆候を示していた。

この大災害に直接取り組んだ医師と科学者たちは、国連国際原子力機関(IAEA)チェルノブイリ部会の「公的発表の」被害者数である、(直接的な)50人死亡と最終的な4000人の死亡は、侮辱的であり、ひどく単純化したものだと言った。ウクライナ放射線科学センターは、小児の死亡率が事故後20−30%増加したと見積もっていて、このデータが有名科学雑誌に載っていないという理由で国連に受理してもらえないと言った(注9)。

コンスタンチン・タツヤンは、原発の清浄作業を手伝った「清掃人(リクビダートル)」のひとりであるが、彼の同僚の殆どが既に死亡したか、様々ながんに侵されているという。しかし、今まで誰も彼に証拠の提示を求めた人はいないという。国連、産業界、見聞の狭い評論家がこの大災害を軽視しているそのやり方に対して、焼けるような恨みがみえた。

チェルノブイリからの放射線の影響について東ヨーロッパからの数千の研究があるが、そのうちほんの幾つかしか国連には受理されていない。そして、被害の全体数を評価するための国際研究はほんの少数しか行われてこなかった。研究結果は様々であり、原子放射線の影響についての国連科学委員会(注10)の研究では、57人の直接死亡と推定4千人の発癌という結果だが、核戦争防止国際医師会議(注11)によれば、甲状腺癌だけでも1万人以上が発病、さらに5万人にこれから影響がでてくると見られている。

さらに数字は大きくなる。緑の党欧州議会議員のための2006年報告書によれば、6万人もの死亡に因果関係が推測されるとした。グリーンピースは、52人の科学者の科学的証拠に基づいて、9万3千人の死亡と末期がん発症を引き起こし、おそらく将来この数に加えてさらに14万人が発症・死亡すると見積もられている(http://www.greenpeace.org/international/en/news/features/chernobyl-deaths-180406/)。他のデータでは、ロシア医科学アカデミーが2006年に21万2千人がチェルノブイリの直接的な影響で死亡したと宣言した。

2006年の終わりには、ヤブロコフとその二人の同僚により、事故後の世界的な出生数減少とがん患者の増加の要因として、98万5千人のひとびとがこれまでに死亡、環境が壊滅的打撃をうけてきた、という研究をニューヨーク科学アカデミー年報誌に発表した(http://www.nyas.org/Publications/Annals/Detail.aspx?cid=f3f3bd16-51ba-4d7b-a086-753f44b3bfc1)。こうした知見はWHOおよび産業界からはほぼ完全に無視されてきた。

それでは、このように大きく推定数が異なっているとき、我々は誰を信じたらよいのだろうか?われわれは、医師の経験的証拠を信じるべきか?政府や産業界の人間を信じるべき?彼らはその広報部門に援助されているわけだが。これほどまでに原子力エネルギーは政治色を帯びるようになり、今や好きなデータを選び出して、反対論者をぼろくそに言って、好きでないものについては何でも無視すればよいわけである。事実としていえることは、我々がチェルノブイリの真相について知ることはできないかもしれないということになる。なぜなら、記録は失われ、現地をかたづけた24カ国からの数千人の人々は、かつてのソビエト連邦全体に散り散りになってしまい、多くの人々は死んでしまったのだから。

福島はチェルノブイリではない。しかし、さらに悪いものになる可能性はある。福島は、3千万人が住む大都会から150マイル(240km)内におきた複数の原子炉での大災害である。もしこれがセラフィールド(注12)でおこったなら、英国のすべての大都市がパニックになったであろう。我々はまだ最終的な結果がどうなるかわからないが、放射線はそれほど深刻ではないとか、事故は原子力の必要性を証明したとか、悪評を招くような事態では全くない、といった専門家の主張は耳にする。

訳注
注1 Green cheerleader は原子力産業を周りで支援している、CO2削減派・原発支持者である環境主義者の比喩である(*)。この論説では、チェルノブイリ原発事故による後遺症は現地を訪れれば残酷なほど明確であるが、その客観的評価が如何に困難であるか、そして世界の言論の世界から隠されているか、について論じている。重要な点として、日本人がとかく信じてしまいがちな、WHOやIAEAといった国連機関が、少なくとも原子力問題において、全く中立的立場ではない事実が指摘されている。また、環境主義者というポジティブなイメージをまとったひとたち(この中には、ガーディアンのコラムを書いており、福島直後に原子力を擁護するコラムを書き、日本の新聞でも紹介されていた、ジョージ・モンビオらが含まれている)

筆者ジョン・ビダルが名指しで批判しているもう一人の人物、ジョン・ベッディントンは英政府のアドバイザーである。ここでイギリス政府は、基本的に原子力政策推進の立場であることも忘れてはいけない。隣国フランスが強大な原子力国家であるのに比して、英国は19の原子炉をもつのみであり、日本に比べても相当少ない。そのため、原発を増設して原子力エネルギーの割合を増やすべきだという議論が根強い。そして、訳者からみて、イギリスでは、福島の問題は地震国であるゆえの天災であったという結論になっていると思われる。

福島の原発事故を前にして、今われわれが目にしている事は、チェルノブイリで経験されて、今なお経験され続けている現実と重なり、これを大きく左右するのが、原子力産業と政府という強大な力であるという事実もまた重なるのである。チェルノブイリは原子力の問題を残酷な形でおよそさらけだし、今もなお被害が拡大している現在の問題であり、福島は、細部は多少異なる仕方であっても大枠はそれをなぞる形でこれから10年20年後の未来にむけて被害を拡大しつつある。そして、これが人類にとって2度目の悲惨な核災害でありながら、チェルノブイリから何も学ぶことができずいる。それゆえに「チェルノブイリが私たちに差し迫っている現実の危険であることが忘れられている forget Chernobyl at our peril」という題なのであろう。

*参考 http://www.buycostumes.com/Go-Green-Cheerleader-Child-Costume/62799/ProductDetail.aspx

注2 John Vidal ガーディアン、環境部門編集者
注3 これは実際にイギリスではよく耳にする文句である。訳者自身、在英科学者から何度か聞いたことがある。
注4 Alexey Yablokov 著明なロシア人環境主義者。「チェルノブイリ:人々と環境への大惨事の結果」の著者http://www.sourcewatch.org/index.php?title=Alexey_V._Yablokov

注5 John Beddington 英国政府の主席科学アドバイザー、インペリアルカレッジロンドンの教授 http://en.wikipedia.org/wiki/John_Beddington
注6 George Monbiot 英国の文筆家であり、環境活動家。ガーディアンのコラムに定期寄稿している。 http://en.wikipedia.org/wiki/George_Monbiot 福島直後に原子力を擁護する論説をガーディアンに寄稿した。http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/mar/21/pro-nuclear-japan-fukushima
注7 原文リンク http://www.guardian.co.uk/society/2006/apr/26/guardiansocietysupplement7
注8 甲状腺癌切除により首にのこる傷跡
注9 科学雑誌は、査読というシステムをもち、同業の科学者の評定に基づいて掲載を決める。このウクライナの事件については訳者は一切知識はないが、一般的に言って、「有名科学雑誌」ほど、学会内で権威のある科学者により査読されるため、学会内の主流な動向下にある論文が掲載されやすい。従って、政治的影響を受けやすいといってよいと思う。温暖化問題で雑誌での査読作業をめぐって温暖化問題に懐疑的な論文を排除したのではないかという気候研究ユニット・メール流出事件(クライメートゲート)に伴う議論によって、(一見中立である)科学雑誌も政治的影響下にある可能性が指摘されるようになったことは記憶に新しい。
注10 UN’s Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation study http://www.unscear.org/
注11 International Physcians for the Prevention of Nuclear War 63カ国の医学団体より構成され、核による人類絶滅の危機から自由になったより平和で安全な世界をつくるということを目標にしている集団。医師、医学生、病院関係者、市民がメンバーであり、核兵器廃絶と戦争回避のために活動している。http://www.ippnw.org/
注12 Sellafield イングランド北部、西岸にある原子力施設。ロンドンから300マイル弱。現在は施設はほぼ閉鎖。1957年にウィンズケール火災事故がおき、周囲に放射性物質を放出する深刻な事故をおこした。(http://en.wikipedia.org/wiki/Sellafield)
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